【不登校体験談】親が受け入れた不登校 | 子どもを上機嫌にするテクニック

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【不登校体験談】親が受け入れた不登校

私は父親をとても尊敬していました。父親は厳しい人格者でしたので常に私にこうあるべきという父親が求める子どもへの理想像のようなことを私に言っていました。

私は厳しい父親だと思ってはいたものの、そんな厳しい父親を尊敬していましたし、大好きでした。そして私は常に父親が求める子どもでいなければならないと思っていました。

そして私自身が思うに親子関係は問題ないと思っていました。

親の意思には添えない!でも親が怒るから言えない

小学四生になる頃私はほどなくいじめを受けるようになりました。上靴を隠されてしまったり、無視をされたり・・・

学校へ行くのがいやでつらくてたまりませんでした。しかし私はSOSを出すことができませんでした。

それは常に父親から言われている言葉があったからです。それは、『自分を甘やかしてはいけない、負けてはいけない』というものでした。

私はいじめから負けてはならなかったのです。自分を甘やかしてはならない、負けてはならない、私は逃げることなどできませんでした。

苦しくても学校へ行き続けなければなりませんでした。『学校へ行けない』などとはどんなことがあっても言えなかったのです。

そのうちに原因不明の腹痛がおこり私のエネルギーは失われていったように感じます。そのような現状が数カ月続いた頃もう学校へはこれ以上行くことができないと勇気を出して父親にうちあけました。

「お父さん、ごめんなさい。私はお父さんがいういい子にはなれない、もう学校へは行けない・・・」

この私の言葉を聞いた父親の様子は今でも鮮明に覚えています。父親はこの時はっとしたようです。日々の父親からの教えが私を追い詰めていたことにはじめて気づいたのです。

この時の父親はとても優しく私に何度も何度も謝ってくれました。ここまで子どもを追い詰めた原因が自分にあったことに父親は後悔しました。

今までこうであれ、という厳しいマナーや教育論を押し付けてきた自分をはじめて顧みた瞬間であったと後になって聞きました。

親が受け入れた不登校

そこから私は父親から怒られず父親は私を受け入れてくれたので無理に学校へは行かないでいいと不登校となりました。

父親はそれまで苦しくても学校へ通い続けた私を解放してくれたのです。

不登校になることを受け入れてくれた両親には今も感謝しています。学校へ行かなくてもフリースペースに通うことで普通に明るい毎日を過ごせるようになりました。

あの時のエネルギーを失ったままで学校に行くことを強制させられていたら私は壊れてしまっていたと思います。

同じ学校へ行けない子どもたちが集まる場所で伸び伸びとできるようになった私は精神的に回復していきました。

このフリースペースで自分の居場所を作れたことは大きかったことだと思います。

学校へ行きたくないといったとき、それは自分のわがままだと思い込んでいました。でもあの時心の中をうちあけてみて本当に良かったと思っています。

解決策は必ずある!

自分がそうであったように親に言えない子どもたちがいると思います。私は言えなかったけど自分が壊れてしまう前に打ち明けました。

でももっと早く打ち明けていたらあんなに苦しまなてよかったと思っています。

悩んでないで早く打ち明けましょう。思いを伝えましょう。必ず味方になってくれるはずです。

エネルギーが奪われる前に一緒に解決できるように相談しましょう。一人で思い悩まないでください。

一日も早く笑顔に戻れるように応援しています!