【思春期の子どもを持つ親に伝えたい】暴力性の根底にあるもの | 子どもを上機嫌にするテクニック

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【思春期の子どもを持つ親に伝えたい】暴力性の根底にあるもの

昨今において思春期における子どもの家庭内暴力という言葉を目にする機会が増えてきた。確かに昔からあったことは事実である。ただ非常に昔よりも増して、この家庭内暴力という現実に疲れ果てている家庭が多いのではなかろうか・・・

家庭内暴力ではなきにしろ、学校の教師という立場の人間にとっても子どもたちの凶暴性という身に危険が迫るという状況を抱えている大人が多くいるのではないかと推測される。それは教師のうつ病という形で頻著に表れている。

文部科学省によると20年ほど前から教職者におけるうつ病患者は増加傾向である。もちろんこのことだけがすべての原因と呼べるものではなくいろいろな要素が絡み合ってのことである。暴力という問題はその中の一要因に過ぎないのは確かであろうが、無視できない状況であるといえる。

かくいう筆者もこの家庭内暴力に頭を悩ませ地獄を経験した者の一人である。自身の経験を踏まえ記事にしてみようと思い立った。

暴力性、凶暴性、まずは子どもの特性、性格を知ろう

子どもの性格とは千差万別であるが、こういう性格だからこういうことが起こしたり感じたりすると、こういう言動をとるようになるとは一概には言えないであろう。しかし、少しずつ掘り下げ作業をしてみると大きく分けての分類別タイプというものがあるのではないかと考えた。

  1. おとなしく自発的な発言を苦手とするタイプ、いわゆる引っ込み思案の消極的なタイプ
  2. 誰とでも普通に話ができ、フレンドリーに付き合えるタイプ
  3. 自分から発信することが大好きで、常に人の輪に自ら入っていき自分をストレートに表現できる積極的タイプ

この上記分類された人間の中で、家庭内暴力、もしくは凶暴性などの最も陥りやすいタイプがどれであるかと推測すれば、以外と思えるかもしれないが筆者が考えるに3ではないだろうかと考える。

暴力の裏側にはメッセージが隠されている

 自分を出すことができるということは裏を返せば強く相手に自分の思い、感情を発信することができるということだ。つまり自分の自己発言、意思表示を発信する方法を誤った形として暴力という言動に走っているのではないだろうか・・・

自分が持つ感情がある種その人間の持つ心のキャパを超えてしまったとき、人間の心をコップとして例えるならば、感情という水が一斉に流れ出しコップから水が溢れだす、このコップから溢れだす水という感情が、その時起こる行動として「暴力」という形となってあらわれるのではないかと思うのである。

今、感情が暴力とお伝えしたが、これはこの感情が怒り、恨み、憎しみといったマイナスの悪いものであった場合の時だ。もしこれが、喜び、自愛、しあわせといったプラスの感情であるならば、暴力とはほど遠いつまり親にしてみれば最良のわが子となるであろう。

この感情をどうコントロールするかが大人になった我々にしてみるとたやすいものではあるが、これが思春期真っ盛りである子どもたちにあてはめたとき難しいであろうことは予想がつく。

 

思春期のからだとこころ

 思春期というこの時期は、体の成長そして心の成長つまり、身体面と心理面が同時に影響を受ける時期である。この時期における栄養状態や運動量によりホルモンバランスが大きく影響されるものと言われている。

この時期における様々な刺激が時に思わぬ展開に発展することも多々あるので親としてはこの時期の子供の行動を放置せず常に目を光らせていることが必要だ。

この時期に荒れている状況の子供を持つ親としてはある意味放置したい感情に突き動かされることであるかと思うが、遠くからであっても監視の目を緩めてはならない。

大抵の場合は子供が一人で何かをする、行動するということはないのでつるんでいる友達の行方を追うことはしなくてはならない。

ここでなぜ一人で行動ができないかといえば、人に怒りをぶつけることでしか自分をコントロールできない甘ちゃんだからである。しょせん、甘え意識の強い人間は依存性が高いので一人では何もできない生き物であるからだ。

これらが個人を取り巻く環境とうまく合致していれば、問題などどこ吹く風というような成長を遂げることができるであろう。しかしそう簡単にいかないのが現実である。

どのようであるかの大なり小なりの違いはあれど、どこの家庭でも親の頭を悩ましているのが現状であろう。この心と体のアンバランスな状態である時に、子供の心に一定以上の負荷がかかった時それが暴力となり怒りが噴出し抑えられない感情の爆発がおこるのではないかと推測する。

 

発達障害も疑ってかかる、正しい個性の追及

しかし、このような行動の現れがすべてこの通りにあてはめて考えるべきではない。なぜなら、単なる思春期の問題と病気とでは対応の違いが異なるからだ。素人には病気からくる行動とそうでない行動との違いは当然ながら見極めることは不可能だ。

筆者の場合もまずは病院にて診断をあおいだ。幸いなことに自宅から近い距離に大きな専門病院があったのでそこで一定のカウンセリング等の検査を受けさせた。ここでもし本当に病気ということでの診断を受けたのであれば、直ちに先生の助言を受けて対応していくべきである。

病気の種類はいくつかある。単に発達障害と一言で言ってしまえば簡単であるが、この発達障害についてはいくつかに分類されている。(ADHD,ASD等)発達障害とは性格ではなく、生まれつきの脳機能の発達におけるアンバランスさから社会性に困難をきたすと定義されている。これらに該当した場合は専門病院にて指導をあおがなければならない。

幸いなことに筆者の子供によると病気ではないとの診断が下されたためある程度の時間経過も必要であるという明確な自分の心の落としどころを見つけることができた。大抵の場合は筆者と同じであるのではないかと予想はされるものの、自己判断はせずにまずは病院に行きカウンセルングを受けてみる必要性があると思われる。ここで誤った判断をすることは子供と自分を長く苦しめる結果になることであろう。

 

まとめ

上記は筆者が体験したことによる考えを述べてみた。誰にも相談をしないでひとりで考えてしまうことはよくない。なぜなら人は苦しいときマイナスのことしか考えなくなるからである。マイナスの考えはマイナスしか生まない。

人は苦しいときほど人を頼るべきである。ここで誰にも相談をかけず、自暴自棄に陥ってしまうと一番苦しみの中にいる子供を助けることができなくなる。そればかりか、この親の対応によっては子供を更なる苦しみの果てに追いやることになるのかもしれない。

親も苦しいが理由がわからず自己制御不能に陥っている子供を助けてあげることができるのは親の力でしかない。ここで親であるものの試練が試されていると思って頂きたい。ここで子供を見捨ててはならない。絶対ならないのである。

一人で悩まずまずは人に相談することをお勧めする。そして、素人判断はせず、病院のカウンセリングを受けること。そこから答えを導き出し、個々の持つ具体的な性格を知るところからのスタートとなるであろう。

ただ一つ言えることは未来は明るいということだ。誰しも一度は通ってきた道である。多少道を踏み外してしまったとしても人生が終わるわけではない。

まずはどう対処してどう生きるかのことの方が重要である。人生のやり直しは何度でもきく。そして現状を回復させることに重きをおくことであなたがまずやらなければいけないことは、あなたが明るい太陽でいることである。あなた自身が太陽でいれば良い状況になることの時間短縮が大幅に測れるに違いない。

 

 

 

 

 

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