【思春期の子どもを持つ親に伝えたい】進路に悩む中学生 | 子どもを上機嫌にするテクニック

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【思春期の子どもを持つ親に伝えたい】進路に悩む中学生

私、加奈38歳。先日親友である優子に誘われて一緒にランチをしました。その時、私は優子に優子の子どもである卓也について進路についての相談をかけられました。

    • 卓也が学校の進路調査書に「なりたいものはない」「やりたい仕事もない」「行きたい高校もない」って適当なことばかり書くの…どう思う?

    • どうしてもやりたいことがあって高校に行かないっていうのはありかもだけど、そうでないなら高校くらいは行っておいた方が良くない?

こんな会話が発端となりここから私達は卓也について今後の卓也の進路についてどうしたらよいものか…という話になりました。

将来の夢や目標を持てない中学生

優子は高校時代からの親友で同じくらいの子どもを育てているので、何かあるとお互い情報交換をしていました。優子自身が将来なりたいものとして目標を定め高校を選んでいた経験があったので、息子の言動に対しどう接してあげればよいものか、どんな言葉をかけるべきなのかわからないというのです。

卓也に限らず将来はこんな風になりたいと夢や希望を持たない子どもが増えているようです。少し前の内閣の調べによると将来何になりたいか?の質疑に対し答えはわからないとの答えが1位でした。昔であれば、1位となるとサッカー選手或いは野球選手といったようなスポーツ選手と答える子供が多かったと記憶しています。

必ずしも将来の夢と職業が一致するわけではないものの、わからないとの答えが1位であることに少し違和感とでもいうのでしょうか、寂しさを感じずにはいられない気持ちがわきおこりました。

それでは今の世の中が夢を持つことが難しい世の中なのでしょうか…今は昔に比べて有り余るほどの情報を得ることができます。子どもたちが興味のあるものについて調べと用としたならばありとあらゆる情報を簡単に手に入れられることができます。それは我々昔の人間からしてみると贅沢な空間に身を置いていると言っても過言ではないと思うのです。

そのような恵まれた環境の中に身を置きながら、したいことがないとかわからないとかいうことが、ある意味私としては理解できないといった感じです。私達は平和ボケをしてしまっているのでしょうか…ぬるま湯に浸かり過ぎた結果なのでしょうか…私は親友の優子が少しかわいそうに思いました。

かわいそうにという言葉には語弊があるかもしれませんが、つまりはもし自分の子どもであるならば、目をキラキラさせてこれになるんだ!だからそれに向かって頑張るのだ!と宣言してほしいと願うからです。それは私でなくても親という立場の人間ならば誰しも思い感じることではないでしょうか…

優子は将来の目標が持てない卓也について、自分自身が目標があっての上で選んだ高校であったということで子どもにどう言葉をかけたらよいのか迷いがあると言います。そして仮にどうでもよいという気持ちで入れる高校を選んだとしても、入学後に途中辞めてしまうのではないかと危惧していました。

それでは夢がない、目標が持てないというのは悪いことなのでしょうか?それは決して悪いことではありませんよね?そんなことは誰しもわかるところです。

しかし今の世の中は「将来何になりたいの?」と聞かれて「なりたいものはありません!夢もありません!」などと答えたならば明らかに答えた相手にマイナスの感情を抱くでしょう。世の中というものがそういう風潮になっていることは間違いありません。

学校という教育の現場にしても会社という仕事の現場にしても目標を持てという日本の社会全体が夢を持つことを推奨しているからです。それは何となく窮屈な感じがしますね。

進路への迷いの根っこ

ではなぜ目標がもつことができないのか、という点について深堀りしてみることにします。この場合、ただ目標が持てないというのは心からの問題ではなく、学力の問題かもしれません。つまり学力の停滞による逃げ道を作っているのかもしれないということです。

実際優子の話によると卓也の成績は下の下だと言っていました。自宅で自ら勉強するようなことはなく、科目によっては最下位をとることもあると言っています。

学力が伴わないことがそのまま進路に直結するということをわからない中学生などいないはず…つまり触れたくない、拒否概念が働いてエネルギーが低下しているのではないのでしょうか…

学力面での低下によってそういった意識に陥っているのであれば自分は何なのかどういう人間でどういったものに興味を持つのかを外の力、いわゆるカウンセラーやセラピストに訪ねてみるのも解決策の一つになるかもしれません。

そしてもう一つ疑うべきは、自己同一性、アイデンティティ(本質的な自己規定)がうまく働かない、自己同一性障害ということです。人間は自分の感覚で社会や他の人間からみても安定した性質を幼少期から培うようになります。

小さな時はわからなくても大人に成長していく過程で自分はどのような人間なのかという自分分析ができるようになります。しかしそこに障害が生じて自分は何なのかという自己イメージが持てない障害というものがあります。

自分がどういった人間かわからないという感覚に陥っているので行動面において適切な行動をとることができません。思考面においても適切な思考を持てないのです。自分に何がかけているのかわからないためなんとなくもやもやした完全でない状態であると考えられます。

そして、自分というものが自分の中で分析ができていないので他人からの影響も受けやすくなり、場合によっては他人の思考感覚が自分と重なってしまいます。

この感覚の中で周りに自分が受け入れられない場合怒りが発生したりうつ状態になったり、最悪自傷行為に走ってしまうこともあかもしれない。つまり多岐にわたり第二次の様々な症状が出る場合も起きてくるということも考えられます。

こうした場合早い段階で適切な医者の指示を仰ぐ必要性も起きてくるに違いないでしょう。いずれにせよ、多少の時間や費用を費やしてもしっかりと子どもの進むべき道を一緒に模索してあげることは親としての重要な役割であると考えます。

親として子どもにできること

親としての重要な役割のひとつとして、

1.子どもに寄り添い見守りアドバイスはしても否定はしないこと

2.子どもを見守り続けること

この二つについては重要なことではないでしょうか。学力の低下による問題であればそこを解決すべく、私塾に通わせてみたり通信教育に頼ってみたりと各々の子どもにあった選択を親はするべきでしょう。

子どもの能力、可能性は無限大

そして子どもの可能性は無限大である今はまだそこを見出せない一歩手前であると仮定し、様々な可能性を一緒に模索してあげることは子供に不安を取り除いてあげることにつながると思います。

様々な可能性の中からやりたいものを見出してあげること、そしてそれが早ければ早いほど一日も早く目標を定めることができる安心材料となります。将来の子供の進路は親の力が関係ないとは言えないでしょう。

私自身も含めてのことですが、親として子どもにどうしてあげることもできないこともあるのでその起こるべく問題にばかり気をとられるのではなく、一例をとるとその時優先すべき予定の組み方を教えてあげたり、勉強に集中できる環境を整えてあげたりとか親としてできることに焦点をあてた考えでいることは大切でしょう。

その中で子どもが自ら選択した事柄に対しては否定することなく、まずは同じ目線で話をし肯定的な意見から入るようにしていきたいものです。