子どもにとっての早期教育をどう考えるか!? | 子どもを上機嫌にするテクニック

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子どもにとっての早期教育をどう考えるか!?

私は40代後半の会社員です。私は20代前半で子供を3人産み子育てをし後に離婚を経験しました。その後再婚をして40代前半で現在の夫となる人との間に1人子供がおります。これは私が実際体験し考え思ったことを書いています。20代の時の自分が早期教育について思い考えたことと40代で出産しそこから考える早期教育についての違いをまとめてみました。

子どもの早期教育に対するイメージ

子どもの早期教育についてどういうイメージを持たれていますか?私は20代で子どもを産んだとき考えていたことは、子どもを自由にのびのびと育てようでした。皆さんも同じだと思います。

ただ自由にのびのびって!?私は子どもについて将来嫌でも勉強しなければいけないし、それなら小さいときはたくさん遊べば良いし塾のように習い事なんて・・・と小さい頃から仕掛けるいわゆる早期教育に対しては否定派でした。

例えば英語、今の時代教育現場での英語学習の取り入れが昔よりも早くなってきました。この英語を学校という場以外の場所で習わせようか、と考えたとき、様々な意見が出てくるでしょう。

大まかに単純に、早期教育について賛成派と反対派について考えてみます。人によっては昨今の若者は日本語すらしっかり話すことができない。間違った使い方をする若者が増えていると言われている中で、日本語もしっかりと身に付けられないうちに英語なんて・・・という早期教育に反対する方もいらっしゃるでしょう。

また一方では、いや違う、子どもという無限の可能性を秘めた能力の高い今この時期にこそ時間を無駄にはせず、チャレンジさせようと早期教育に賛成派の方もいるでしょう。

どちらも正しいと私は思います。それというのは、反対派意見が20代の頃の私の意見。賛成派意見が今の私意見だからです。

ではなぜ私はこのように時間の流れを経て早期教育についての考え方が変わったのかをお話しします

今という時代に生まれた子どもだからこそ早期教育の意味がある

今の時代はパソコンやスマホなどの通信が盛んとなっています。これはとどまることをせずこれからもずっと進化成長を続けていくことでしょう。このような時代に生まれる子どもとなかった時代に生まれ育つのとでは育て方にも明らかな違いが生まれます。

例えば、良いか悪いかは別として赤ちゃんが泣いているとき昔であれば泣き止ます方法の一つとして、子守唄を歌ってあげるとういことをしました。実際私もそのようにして子育てをしてきました。

しかし、今はスマホを操作して赤ちゃんがお母さんのお腹の中に居た時のお母さんの心臓や血液の流れる音を簡単に聞かせることができます。

するとどうでしょう・・・スマホからの音の方が瞬時に赤ちゃんは反応し穏やかになります。それは当たり前ですよね、ずっと聞いてきた音なのですから・・・

このように何となくスマホのような機器に頼る子育てについて嫌悪感があったとしても文明力学の発達により間違いなく結果的にはこちらの方に軍配が上がるという例は否定できない時代となっているのです。

話を元に戻しますと、早期教育に対して何となく早く勉強させられる子どもがかわいそうと思いがちかもしれませんが、この文明力学を使って様々な情報や体験をさせてあげることができる、しかもそれをより吸収できる輝かしい時期に・・・という考えが今の私の考え方なのです。

今後における子どもを取り巻くグローバルな環境

私の20代前半においてここまでパソコンが普及していませんでした。その当時はこのような世の中になるなど予想もつかなかったです。時代の移り変わりの狭間の中である今、この時をある程度頭を軟化させていく考え方をした方が賢明であると私は考えます。

では早期教育を始めることが良いことなのかということについて深堀してみます。それについての私の考えは早く行うということよりもその中身に着目したほうが良いと思っています。早い遅いの問題ではないということです。

それはただむやみやたらに早く始めるのではなく、いかに子どもが楽しく取り組めることかに着目するということです。

今現在私の子どもがいろんなものに興味を示し、これなあに?の連発です。子どもはわからないことをわかろうと興味を示しているのですよね。この時期って貴重です。興味のあるものについては好奇心旺盛でインプットされる能力が非常に優れているときでもあります。

私個人の考えなのですが、日本の教育現場は楽しさを取り込んでいないようです。戦後の教育そのままに時だけが流れているようにさえ思います。授業参観してみても自分が小学校の頃と変わっていません。

外からの詰め込み教育、これは教え方の話をしています。授業をいかに楽しく興味を持たせるかに着目した話です。私は中からの、つまり内側からの発信、学びを取りに行く教育方法が理想だと思っています。

そしてノートと鉛筆を持つことだけが学習ではないということです。外国では、宿題もテストもあまりない、なのに学力の水準が世界一高い国があります。そしてその国はIT教育が非常に優れています。

その国と日本の教育は相反しています。ここではあえてその辺りについては触れませんが、勉強するという根本的な概念が違います。

日本の学校には規則があります。集団行動をする中で制限がかけられます。例えば髪型やスカート丈・・・これって勉強に必要なものでしょうか?みんな同じでなければいけないという見えない規制…

『みんな違ってみんないい』という金子みすゞさんの詩があります。私はこの詩が大好きです。でもこれって???日本は真逆なこと教えていませんか?

『世界に一つだけの花』の歌詞にもあります。特別なオンリーワンを目指せばいいのです。もう時代はグローバル化社会になってきています。

日本という小さな国の中での教育でなく、グローバルに学習をしていきましょう。国を変えることはできなくても私たちは選択していくことはできます。勉強も選択すればよいのです。生き方を選択すれば良いのです。子どもには楽しいことに突き進みオンリーワンを目指して欲しいと思いませんか?

子どもが楽しむことを目的とした教育が重要

本当の学びというものは他から教え込まれるものではなく自分からこれって何だろうから発信して自発的に想像をかきたてていくものであると確信しています。

早期教育云々というよりは早期でなくても子供が必要とした時期に、子供が興味をもったものについてはどんどんやらせてあげる。遊びの延長上に自発性や想像性を高めてあげる。

そういう意味でののびのびとした自由さを子供に与えてあげることは親でしかできない役割であると思っています。冒頭でお話しした子どもを自由にのびのびと育てる、ここに繋がっていくと私は思っています。

昨今、いじめからなる引きこもりなど様々な問題で学校に行けない子供たちが増えているようですが、私は勉強する、学習することは学校へ行かずともできると思っています。パソコンを使って世界中の人と簡単に友達になれる時代が訪れました。勉強もそうです。好きなことを探求すればよいのです。

親はとかく他者と比べ普通の子どもと同じであってほしいと願うものです。かつての私がそうでした。でも今は違います。もし自分の子どもが学校へ行きたくないと言い出したら行かせないとおもいます。

行きたくない学校へ行かせるよりも自宅で勉強はできるし、やりたいことの発見もできるからです。そんな恵まれた時代に生まれてきた子だからです。

私の子どもはまだ小学校低学年ですので幸いまだそのようなことはありませんが、学校へ行きながらも楽しい新しい発見をさせてあげたいと思っています。それには親である私がいろんなものにチャレンジさせて子どもの限りない能力を引き出してあげられる環境を整えてあげること、それは必要不可欠なことだと思っています。